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生徒が変容する、巣鴨サマースクール(SUGAMO SUMMER SCHOOL)

生徒が変容する、巣鴨サマースクール(SUGAMO SUMMER SCHOOL)

巣鴨サマースクール(以下SSS)。イギリス人トップエリートを講師に迎え、英語によるレッスンが6日間にわたって行われます。それは英会話研修ではなく、ましてや勉強合宿でもありません。もちろん国際交流行事でもありません。希望者が多く抽選になる人気プログラム。そんなSSSの魅力に迫るべく、4日目に現地を訪れました。

【第3回 巣鴨サマースクール(SUGAMO SUMMER SCHOOL)概要】
期間 2019年8月6日〜8月11日
場所 巣鴨学園蓼科学校 他
参加者 50名(巣鴨中学校2・3年生各20名、高校1年生10名)
    希望者から、各学年英語の成績上位者5名の参加を確定した後、
    抽選で約40名を選出
費用 16万円

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「イートン校サマースクールを国内で!」の思いでスタート
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巣鴨は首都圏の男子校としては唯一のイートン校サマースクールに招待されている学校で、2002年から継続して参加しています。
イートン校は、英国一の名門校とされる、全寮制の男子パブリックスクール(私立の中等教育学校)です。同校が主催するサマースクールは、夏休みの約3週間にわたってイートン校で行われ、巣鴨生を始め日本の中高生も参加しています。参加校に提供されるプログラムは同一で、オックスフォード大学やケンブリッジ大学を卒業した講師たちによるレッスンや、現地での様々な体験に満ちた3週間を過ごします。

さて、イートン校サマースクール参加校でありながら、なぜ巣鴨は国内でのSSSを立ち上げたのでしょうか。
イートン校サーマスクールは、費用、海外渡航、時間など高いハードルがあります。そのため限られた人の体験となっていることをもどかしく感じていた国際教育部部長岡田英雅先生が、日本でオリジナルのサマースクールを作れば、もっと多くの生徒が参加できるはずだと考えたことがSSSの「種」でした。巣鴨に撒かれた岡田先生の「種」が、オリー先生というダイレクターを得てSSSとして始まったのが2017年夏。それ以来、毎年校内選考を経て、3年間で150名近くの生徒が参加してきた人気プログラムです。定員は、初年度は40名でスタートしましたが、2年目からは、少しでも多くの生徒にチャンスを与えたいと宿泊先をやりくりし50名に増設しています。
ところが今、SSSの魅力を伝えようとすると、人数のほか、目に見える「数字」や「形」がつかめないのです。現場に行くと、「今年、念願の参加」や「2回目です」という参加者もいて、熱気に充ち溢れているのに。
では、SSSには「何」があるのか。見学はわずか1日、全体のごく一部でしたが、あれから日が経つにつれ、参加した生徒や送り出した保護者の数だけ異なる答えが返ってくるのではないかと思えてきました。

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SSSを特別にする講師陣
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SSSを特別にしているのが、献身的な講師陣です。2017年から続けての参加や2回目の参加など今年は8名。全員、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学を卒業し、現在は様々な分野の第一線で活躍する若手のイギリス人。それぞれの職業、場所で責任ある大きな仕事を任されている立場の方々ばかりです。

*オリー先生(オックスフォード大学卒。起業コンサルティング会社勤務)はSSSのダイレクター。講師陣を束ねます。
*ベン先生(オックスフォード大学卒。英国有数の法律事務所勤務を経て、現在は日本語の翻訳家)が教えるのは、[Superheroes](コミック)、[crest/coat of arms](紋章)。
*エミリー先生(オックスフォード大学卒。世界規模で展開する広告代理店勤務。セミプロの歌手・俳優の顔も持つ)は、[Drama]を担当。
*ジャック先生(オックスフォード大学卒。エンジニアとしてチェルシースタジアム建設に従事。元バタフライ英国代表)は、[Sport in the UK][Architecture and Landmark]。
*ノア先生(オックスフォード大学卒。イギリス政府勤務)の[Tea Ceremony][Brexit Debate]は、生徒に大人気。
*サミー先生(オックスフォード大学卒。イギリス政府勤務)は[Music][ Geography of the UK]。
*トミー先生(オックスフォード大学卒。外交官を経て内閣官房勤務)のテーマは、[Politics][Films]
*トリスタン先生(ケンブリッジ大学卒。ウエリントンカレッジ歴史科教諭・寄宿舎副寮長)は[What makes Japan Japanese?][Why no female emperors?]と問いかけるレッスンを展開。

オックスフォード大学、ケンブリッジ大学という名前が参加のきっかけとなることもあるかもしれません。でも、それだけで、生徒の口からこんな言葉が出てくるでしょうか。
「あの先生に会いたくて、また参加した。再会を待ち焦がれた」
「講師の皆さんの優しさがにじみ出る人格に魅了された」
そこには、何かあるはず。

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一日は、濃く、長い。5分もゆるがせにしない。
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SSSのレッスンは、立科白樺高原ユースホステルと、そこから車で5分ほどのところにある巣鴨学園蓼科学校の2カ所で行われます。生徒は、中学2年生・3年生混合40名4クラス(RADIOHEAD /BEATLES/OASIS/COLDPLAY)、高校1年生10名1クラス(LED ZEPPELIN)と名前にも遊び心が覗くクラスに分かれます。どのクラスも、講師8名のレッスンを必ず受けますので、スタッフ泣かせのパズルのような時間割は、生徒にとってはワクワクドキドキの連続。
一方、講師陣の一日は、本日の確認、レッスンの合間には生徒の様子の共有、進め方のアドバイスなども行われ、テーマに沿った屋内でのレッスンのほか、屋内外でのART&SPORTS。夕食後には生徒が1日の出来事を記すDIARYや、合唱などを楽しむEVENIG ACTIVITIESを行い、夜にはDIARYのチェック、レッスン振り返り、という毎日。蓼科とはいえ、8月は夏の暑さも本番。そんな中でも終日、そして毎日、生徒のためを考えた精力的なレッスンが行われていることに驚きを禁じえません。

このレッスンこそSSSの真骨頂。
まずオリー先生と岡田先生がスカイプやメールなどのツールを使い、年明けすぐに夏のSSSについての話し合いスタート(実のところ、前年のSSSが終わる時には、講師の皆さんそれぞれの心には来年がイメージされるとか)。参加してくれる講師が決まり、テーマも定まってくると、レッスンの組み立て、6日間の構成・・と話し合いが続きます。
各人の得意分野で行うレッスンも、テーマ設定やどう組み立てるかの根底には、必ず巣鴨生に何を伝えたいのかを据え、ディスカッションしながらプログラムに落とし込んでいくことから始めるので、自ずとオリジナルの内容となっています。今年のトリスタン先生のレッスンテーマ、「なぜ、女性の天皇は認められないのか」は、日本史の山崎大輔先生も加わり議論を重ね、生徒と「なぜ」を考えるプログラムとなりました。
またSSSには、各講師が自分の人生を語る[Motivation Curve]というレッスンがあり、始めに近い段階のレッスンとして概ね2日目までに組み込まれます。イギリス人エリートたちが次々語る、自らの人生の浮き沈み、成功と挫折。14〜16歳の生徒は聞きながら「失敗してもいいんだ」と感じるとともに、英語だけのレッスンへの緊張が少しずつ解け、次第に講師の人柄の虜になっていく時間でもあるようです。

1日の終わり、夕食後にその日を振り返り、英語でDIARYを書きます。日を追うごとにその文章量が増えていくと言います。上手に書こうとか正確に書こうとかいう気持ちよりも、何をしたか、どう思ったかを書き残したい思いが勝ってくるのでしょう。

では、生徒をそのように変えるレッスンとは?

エミリー先生のDRAMAは、School of Rockをクラスで演じるというものです。見学したのは中学2年生のクラス。まず感情を表す言葉を生徒から引き出し、黒板のマトリックス表に書き込んで行きます。その際に、エミリー先生は、その感情そのものを演じます。表情だけでなく、姿勢にも、足の踏ん張り方から指の先の伸ばし方まで、瞬時に全身が感情で溢れる、まさに俳優。さて生徒はというと、隣り合う生徒同士で感情をぶつけ合う練習をしますが、初めから殻を破れる生徒ばかりではありません。でもエミリー先生は、全く焦るそぶりは見せません。むしろそれさえ楽しむような風情も。
「演技が難しいことではないと気づいて欲しいと思っています。面白いと感じるものを見つけてくれれば」
徐々に演じることに慣れてきたら、振り分けられた役ごとにセリフを音読。その際には抑揚や強弱などのアドバイスもあれば、一人が発音に苦労する単語は全員で確認する場面もありました。なかなか感情を込めたり、動作をつけたりすることができない状況を打ち破るのは、生徒自身です。誰かが声を大きく張り出し、大きな動きを見せます。“Really good !” 後ろの方でモジモジしている生徒も、前に出ようと足が動き始めます。 “You are very cute actors.” ためらいがちに恥ずかしげに。“Perfect!” 確かに目線が上を向き、口を大きく開き、表情が微妙に変化します。
「予想もしないリアクションが返ってきた時の喜びが好きです。生徒が自分の境界を広げる手助けをしたい、それがSSSに来たいと思う一番の理由です」というエミリー先生が、生徒のかすかな変化を瞬時に捉えて発する言葉は、まるで魔法のよう。

多くの生徒が「印象に残っているレッスン」として挙げたのがノア先生のTea Ceremonyです。育ち盛りにはスコーンと紅茶が癒しになっているの?
ノア先生は50分の間に、イギリスはもとより世界のお茶を解説する歴史の先生、アールグレイという茶種を語り紅茶の淹れ方を伝える紅茶マスター、そしておいしくいただく貴族に姿を変えながら、生徒をTea Ceremonyの世界に誘います。生徒は、カップ&ソーサー、ティーポットの茶器セットが教室に準備されている時点でテンションが上がっているようで、歴史はもちろん、砂糖やミルクを入れるか入れないか、スコーンにのせるクリームとジャムはどちらが先か、イギリスの地方ごとの慣習の違いまで、知らず知らずに胸の奥に留まるようです。
ところでこの茶器セットは、ウェッジウッド製。SSSの本気度をうかがわせます。

ジャック先生はSSS終了後に、バタフライで2年連続金メダルの期待が掛かる、マスターズ・ワールド・チャンピオンシップ(ソウル)の出場を控えていました(結果は見事金メダル!)。また直前までブレクジットの会議漬けの日々が続いていたのはトミー先生。
そんな皆さんが、なぜ自分の時間を使って来日し、なぜ巣鴨の生徒のための時間を作るのでしょうか。しかも報酬は二の次だと言います。
ダイレクター・オリー先生は語ります。
「初めて岡田先生の提案を聞いたときは、とてもワクワクしました。それを続けてこられたのは、一つには生徒のすばらしさ、講師陣のすばらしさのおかげで、とても楽しいからです。そして何より、6日間という短い間に生徒が成し遂げる進歩が感動的だということに尽きます。心を開き、失敗を怖がらなくなり、自分の殻から抜け出す姿は感動的です。そんなSSSでの歩みは一歩か二歩、小さいかもしれません。でもそれが、海外研修やイートン校サマースクールに参加したり、SSSに2度目の参加をして成長した姿を見せたり、その後の大きな成長につながっていることは、過去のSSS参加者が示してくれています」
岡田先生は、「SSS期間中は、うまくいかないままでもよいとさえ思っています」と言い切ります。「SSSで良い種を生徒の心に植え付けることができれば、この先、必ず芽を出します。講師たちはみんな、生徒達の変化、成長に感動します。その成長がかけがえのない喜びだからこそ、忙しい日程を縫って来てくれているのだと思います」

この夏のSSSのエピソードで、とても印象的なものがあります。それは、現地を訪ねたSSS4日目のこと。
到着した際に、「昨日は夕方に急な大雨が降ったので外のACTIVITIESができませんでした。そのため今日は時間割に変更があります」とのこと。天候などを見ながら時間割を変えていけるフレキシブルさもSSSの特長と聞いていたので、「臨機応変に協力して対応できる素敵なチームだな・・」とは思ったのですが、そこには二つの「愛」ある行動が隠されていました。

講師陣の共通の考えの一つに、スポーツもレッスンも両方大切ということがあり、日々の時間割にも反映されています。今回、3日目のスポーツが雨で流れた分を4日目で取り返すためにレッスンを5分削って時間をやりくりしようという声が上がったそうです。これに対し、教師にとってレッスン(授業)時間の5分はとても貴重な長さだからレッスン時間は確保したいという意見も出されて、4日目の時間割をどう組むかを検討。45分で終わらせるか、5分捻出するか・・・。どちらも大切という原点を忘れず話し合う講師たちの姿は、どれだけ真剣にレッスンを考えているか、生徒に伝えたいことを持っているかという「愛情」の深さを伺わせます。
最終的には、運営スタッフとして参加している国語科の大山聡先生が、ユースホステルと蓼科学校の行き来をヘルプすることで移動時間を短縮しレッスン時間を削らずスポーツの時間を確保する方法を提案し5分問題は解決したそうです。ここに、もう一つの「愛」が。
参加した生徒のSSSへの期待、講師陣の情熱を受け止めて、生徒にとって最善の方法を選ぶ姿勢に、SSSに関わる人々の生徒たちへの暖かい眼差しと「愛情」を感じることができました。

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「数字」や「形」に現れないSSSの成果 〜証言〜
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取材を通じて感じたのは、SSSの「成果」は、参加した生徒一人ひとりの内に撒かれた「種」と「殻を破って芽を出そうともがく思い」ではないか、ということ。今、数字で示したり目に見える形になっていなくても、本人や家族は感じているのではないでしょうか。

昨年は都合で参加できなかった中3生二人。
「トリスタン先生のレッスンで、国の定義にとても興味が湧きました。英語が好きなので、ずっとSSSに参加したいと思っていました。ユーモアもあるレッスンは楽しいです。来年はイートン校サマースクールに行きたいと思います」
「念願のSSS参加です。集中して聞こうとするうちにだんだん慣れてきて、自分から英語で話しかけようとするようになりました。講師の知的レベルが高いと感じます。また褒めてもらえるとうれしいですし、講師の皆さんの人としての魅力に引きつけられます。東京に帰ったら、まずは普段の英語の授業を頑張りたいと思います」

高校から巣鴨に入学した高1生。
「英語は苦手です。でも思った以上に聞き取れて、3日目になるとすぐには出て来なかった言葉が出てくるようになりました。オリー先生のモチベーションカーブがとても印象的でした。いろいろな経験をされていて、驚きました」

今年のSSSは2回目という高1生二人。
「中2で初めてSSSに参加。その時の出会いは衝撃的でした。英語が好きになり、昨年の夏はイートン校サマースクールに行きました。英語の成績も真ん中より下から上位に上がりました。今年2度目のSSSに来たのは、講師の先生方にまた会いたかったからです。進路の話とか、人生の話とか、自分から話せるようになり、一昨年、ただただ固まって聞いていたエミリー先生のレッスンも、今回は自然に笑えるようになりました」という彼は、SSSでの出会いが海外大学にも目を向けるきっかけになったようです。
「僕は中2の時は、SSSを気に入った親に薦められての参加でした。家に帰って、SSSでの経験を自分から報告したのを覚えています。中3ではオーストラリアの3週間の研修に参加。こうした経験を通して、英語の力がつき、積極性が格段に上がったと感じています。2回目のSSS参加のきっかけは、新しい講師が加わったと聞き、その先生のレッスンも受けたいと思ったことです。講師の皆さんのやさしさのにじみ出る人格に引かれます」

SSSには、大きな助っ人がいます。
金田隼人くん。巣鴨高1でイートン校サマースクールを経験、高2でクライストカレッジへ留学。留学先からオックスフォード大学に進学して一年が経ちました。岡田先生は金田くんを、「いつも少し勇気がいる方を選んでいる」と評します。金田くんは後輩に「SSSのような経験ができる機会は滅多にないのだから、生かしてほしい」と伝えたいと話してくれました。「中2生が英語もよく分からず、恥ずかしそうにもじもじしている気持ちは、とてもよくわかります。でもSSSは、間違っても講師の先生がフォローしてくれるし、英語ができないという引け目も必要ないんです」

様々な巣鴨生の活動を伝える同校のサイトに掲載される「巣鴨の今」に、今年の参加者の保護者からの、こんなコメントが紹介されていました。
「『SSS、めっちゃ楽しかった。また行きたい。いや、必ず行く! 演劇ではセリフは一言しかなかったし、得意の絵は賞をもらえなかったけど、何もかもが楽しすぎた。高校生とも仲良くなれたしね』と息子が申しておりました」
一人ひとりの心に撒かれた種が、それぞれの芽を出しますように。いや、必ず出る! そう思います。

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【取材を終えて】
今年は、立科に出発する前に東京で、茶道部の高1が講師陣を、茶道文化を伝える英語のプレゼンとお点前でもてなしました。彼らは皆2年前、中2で第一回のSSSに参加した生徒たち。昨年はイートン校サマースクールに、一人は3ヶ月間のカナダの研修に飛び立っています。あの小さな、英語も覚束なかった子が、こんなに成長したのかと講師は涙し、生徒も自分の世界を広げてくれた講師との再会に感激したと言います。
そんな回を重ねる醍醐味も加わり、SSSがさらに発展する予感がします。
(市川理香)