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神奈川学園 探究学習の集大成「探究提言発表会」

神奈川学園 探究学習の集大成「探究提言発表会」

2019年12月、神奈川学園の高校2年生による「探究提言発表会」が開催されました。

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『Kanagawaプロジェクト』とは
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 神奈川学園の「探究学習」は、『Kanagawaプロジェクト』と呼ばれ、学園の学びに大きな役割を果たしています。 『Kanagawaプロジェクト』は、ホームページでは次のように説明されています。

 「『Kanagawaプロジェクト』は、学年ごとに設けられたテーマを、一人ひとりが自らの夢を見つけるために「社会」と「国際舞台」に出ていくプログラムです。学年ごとにテーマが設けられていますが、最大の柱は中3の「多文化共生」と高1の「日本の課題」。中3では、1週間あまりの期間、学年全員がホームステイを含む海外研修(オーストラリア、ニュージーランドから選択)を体験します。高1では沖縄、水俣、四万十川、奈良京都、東北から1方面を選び、参加する「国内FW」を実施。現地では、第一線で活躍する方々、大学の先生、大学生等と交流する中で、現代の日本が抱える課題について学び、考え、自らの行動に移していきます」

 高校2年生で取り組む「探究」の授業では、一人ひとりが自分の問題意識によって課題をたて、最終的には、社会に提言を行うことを目指して、学習を進めています。各人が興味関心のあるテーマを選び、現実にある問題に問いを立て、個人やグループで文献を調べたりフィールドワークを行ったり、協働作業でまとめ、解決への「提言」を発表します。そうして迎えた12月16日の「探究提言発表会」。先に高2年生の中で行われた発表会で生徒・教員の投票によって選ばれた各グループの代表班がプレゼンテーションを行いました。中学1年生、3年生、高校2年生のほか、保護者の姿も見られました。また、それぞれのテーマに関する分野で働く方々が来賓として招かれ、客席で発表を見守っていました。

 今回の発表会自体も生徒が組み立て、運営したことは、担当の先生方にとっては大きな喜びでした。「“探究学習とは何か”を後輩や来場の皆様に説明するのは自分だと思っていたのですが、生徒が『自分たちでやります』と言ってきたので、生徒たちに任せることにしました」と話す学年主任の高橋文恵先生。生徒たちにとっては、自分たちの探究テーマの発表に留まらず、入学してから5年間の探究学習を振り返ることにもつながったようです。
提言発表会冒頭の「探求学習について」で、校外学習や宿泊学習、そして事前学習や振り返りまで、体験するだけでは終わらない神奈川学園の学びのサイクルについ触れられていました。会場の中学1年生、3年生に向かって、「未来への提言を、一人ひとりの向けられたメッセージと思って聞いてください」と語りかけた高校2先生の言葉から、後輩たちも学び、深めることの意味を感じたのではないでしょうか。


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提言に耳を傾けてもらう工夫を凝らした発表
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 開会宣言、そして探究学習の説明、流れるように各グループの代表者たちの発表へ、生徒による進行で会が進んでいきます。

 『人権・生命倫理グループ』からは「学校の中のユニバーサルデザイン」班が登場。この班は、実際に校舎を車椅子で移動し、不便に感じたことや危険な箇所を検証した結果から、解決策を提言としてまとめ発表しました。提言に費用面の比較という具体化に際しての視点を加えており、「やらなくてはならないと思わせる説得力を感じさせた」との声があがりました。

 『社会構造・格差グループ』からの代表発表は「人権宣言」でした。9月から10月にかけて人権を考えるためのカリキュラムを考案し、学校で生徒一人ひとりの意識を変えることを提言。「人を見た目で判断しない」とまとめた背景には、高校1年の国内フィールドワークで訪れた水俣での水俣病患者との出会いや、ハンセン病患者について学んだことから人権を考えた経験がありました。講評では、「建前として差別は良くないとわかっているのに差別がなくならない現状を前提に、差別は誰の心にもあるという観点からアプローチしても良かったかもしれない」という指摘も。頷く生徒の姿もありました。

 『環境・自然科学グループ』からは、身近にできる環境対策として「トイレのふた」に着目した班が発表。工夫を凝らした動画で、暖房便座トイレのふたを閉めることが二酸化炭素排出量削減や電気代節約に繋がることを提言し、各家庭が取り組めば杉の木25本分の削減と2万4000円の節約になるという数字で示しました。 

 『文化・芸術グループ』は、地元・横浜の「創造都市横浜」の理念を端緒に、直島や越後妻有の芸術によるまちづくりの事例、黄金町の再開発を紹介しながら、日本のまちづくりの課題に迫る「横浜改革」を発表した班が代表。10カ国以上の人たちが生活するいちょう団地や大和定住促進センターを訪ね、現場を見て感じ、考えたことを踏まえ、いちょう団地で横浜トリエンナーレを開催することを、その効果を挙げて提言にまとめました。「周辺住民や住民の高齢者がどのように思うか考えながらやることが大切。そのためにはさらに広い視野が必要になる」という横浜美術館副館長兼横浜トリエンナーレ組織委員会事務局長五十嵐誠一さんは、事前にいちょう団地に足を運んだ上でコメント。

 『平和・多文化共生グループ』は、「移民・難民受け入れ政策について」を発表。「移民・難民を受け入れるべき」という結論に至った理由を、諸外国の現状、日本の現状と課題から一つずつ解きほぐしていきました。「外国人を労働者として見ていて生活者として見ていないのではないか」という生徒の指摘は「その通り」(大和市国際化協会 小西永里子さん)。「未来はみんなが作っていく、明るい未来を感じた」(沢渡三ツ沢地域ケアプラザ生活支援コーディネーター 今村治子さん)。「移民、難民は同列では語れないが、高校生らしいアグレッシブさを感じた」(国連UNHCR協会 天沼耕平さん)。これからも自分ごととして捉えてほしいという期待がコメントの端々ににじみ出ました。

 5つのグループの中でいくつかの班を作っての探究活動。今回は、代表者だけの発表でしたが、社会構造・格差グループの発表では、ジェンダー班とLGBT班もそれぞれの探究テーマを紹介し、同じグループのなかにも多様な視点があり、様々な活動を展開したことがわかり、探究学習から一人ひとりが社会に関心を持つ日常をうかがわせ、もっと多くの発表を聞きたいと思ったのは私だけではないはずです。

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生徒の本気に、来賓も熱い講評
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 「本気で熱いコメントをありがとうございます」と大石校長が感謝を述べたとおり、講評者はそれぞれの立場で、生徒の提言を受け止めコメント。
 「学校内だけではなく、高齢者、怪我をしている人、子育て中の人などにも視点を広げてほしい」(神奈川区社会福祉協議会主事 宮地悠希さん)。「芸術は芸術家がするものという前提に立っているが、芸術は人々の日々の生活にあるもの」(川崎市平和館 暉峻僚三さん)。「知ること、話すことはとても大切。情報だけから無理と判断しないで、実際に人と会って話を聞いてほしい」(天沼さん)。「多文化に触れることをメリットと思っている人は実は少ない。これから学び続けるなら、メリットをどう見せるのかを考えていくと良い」(小西さん)。「グレタさんやマララさん、同世代の高校生の皆さんの声に驚く。いろいろな考え方があること、自分がやりたいことも人にとっては違うこともあること、他人を理解することが大切」(株式会社アドバンストインターナショナル 磯部靖宏さん)
 ここにご紹介したのはコメントのごく一部。生徒の発表に背中を押されるかのように、時間が限られるのがもったいないくらいに、褒めるばかりではなく、課題を指摘し、今後への期待を語るコメントは、多くの示唆に富むもの。生徒代表も「様々なスケールの話を聞いて世界が広がった。指摘、将来への視点を得た今、行動に移して行きたい」と会を締めくくりました。


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発表を終えて
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 発表者として壇上に立った、岡庭天音さん(人権・生命倫理グループ)、草野彩華さん(環境・自然科学グループ)に話を聞きました。
 探究発表はこの日までに3回。それぞれのタイミングで、環境・自然科学グループには、班毎に日焼け止めと海洋汚染、学校の設備、学校の始業時間などたくさんの探究テーマが生まれたそうです。草野さんは、「自分の調べたいテーマだけではなく、他の班から自分の知らない領域の発表があったり、いろいろな見方が出てきたりして視野が広がったことがとても良かった」言います。
 中学3年生の探究テーマは「多文化共生」で、海外研修を実施していますが、その事前研修で、いちょう団地を訪問したことは、今も自分の中の小テーマとして継続している(岡庭さん)というように、調べた、行った、発表した、レポートを書いた、それらの過程はその瞬間だけのもの、自分だけのものではありません。社会構造・格差グループにあるジェンダー班とは別のグループで男性専用車両について論じるなど、異なるグループのテーマが重なることにも気づいています。草野さんは、高校1年のフィールドワークで四万十を選び、生き物だけでなく砂州の消滅といった問題を知り自然科学に興味を持ったことが、今回、環境・自然科学グループを選んだきっかけになったそうです。「そう言えば、中学3年のオーストラリア研修で、自然現象以外に絶滅危惧種や固有種のことを知って、生き物苦手な自分が生き物を見直した経験も、今思うと、とてもつながっていると思います」
 二人に限らず、発表を聞きながら感じる「分かる分かる」は多くの生徒が持つ感覚のようです。高2年の夏休みに行ったカナダ研修(希望者)の事前学習の小テーマでも外国人労働者の問題など調べていたので、平和・多文化共生グループに属していなくても、自分の考えを持てる環境がある(岡庭さん)と言えるように、学校生活にあるさまざな体験をとおして、自然な形で探究のスキルを積み上げていくのでしょう。
 発表は嫌いではないという二人に、発表が苦手な友人へのアドバイスを聞きました。
 「一緒に考えて、その人が言えるようにする」と岡庭さん。「聴衆は米粒だから気にしない、自分たちの世界だと言って気を楽にしてあげる」と草野さん。
 「自分の意見を持ち発表できる人になってほしい」(大石校長)という願いを、生徒が探究学習をとおして、自分の成長とともに仲間も巻き込みながら実践していることを感じさせる言葉です。

 6年間を見通したプログラムが、それ以降の学びや生き方を支える力になるであろうことを知ることができた発表会でした。
(市川理香)