「思考と表現」で「探究女子」を育てるトキワ松学園
「思考と表現」で「探究女子」を育てるトキワ松学園
図書室の授業への活用は多くの学校でも行われていますが、トキワ松学園の図書室では、伝統の図書教育に加え、中1では2017年度から、高1では2018 年度から、司書教諭による授業「思考と表現」が行われています。教科が行う授業はもちろん、トキワ松学園独自の「思考と表現」は、「探究女子」をどう育てているのでしょうか。
中学教頭の松本理子先生、司書教諭・「思考と表現」担当の勝見浩代先生、小澤慶子先生にお話を伺いました。
(見学・取材 / 2019年1月18日・1月23日)
□□■トキワ松学園の図書教育■□□
トキワ松学園の生徒は、入学後、図書室でまず「目次・索引・奥付」といった「本」の基本的な知識から、図書室での調べ学習の基礎となる「請求番号」について学びます。
「2017年度学校読書調査」(全国学校図書館協議会・毎日新聞社)によれば、中学生の15.0%、高校生の50.4%が不読者という結果も出ていますが、トキワ松学園では、中1〜高2は不読者ゼロを誇り、一人当たりの図書貸出平均冊数は中学1年40.26冊、高2でも15.91冊ということからも、生徒はよく図書室を利用し、本もよく読んでいることが伺えます。
図書委員会の活動も活発で、図書室の机の上に「おすすめ本の紹介」を置いたり、新聞を発行したり、司書教諭とともに活動しています。お薦め本を紹介するディスプレイも、図書委員による工夫。決して広いとはいえませんが、中1の教室から最も近く、教科のリクエストに応えることもあり、常に生徒に寄り添った「居場所」と言える趣です。
□□■「思考と表現」の導入まで■□□
トキワ松学園が「思考と表現」を導入するに至るまで、時間をかけて様々な検討が行われてきました。
松本先生は、「まず始めに、言葉、表現、調べる、こういう力を付けたいという思いがあり、どうしたら探究というキーワードと結びつく教育ができるだろうかということから始まりました」と振り返ります。
教育改革や生徒を取り巻く環境の変化が進むなか、2013年前後に、トキワ松学園の生徒のために何を目指していくかを話し合ったブレインストーミングから「探究女子」という方向性が出ました。折しも、2014年1月に言語技術教育研究所の三森さんの講演が私学財団主催で行われ参加。2015年には国語、英語の教員たちで言語技術のワークショップや講座を受ける機会があり、それを通して、基本的な言語技術を身につけることは生徒にとって大切だという認識を改めて共有するに至ったことは、のちの議論に大きな役割を果たしたと言えるかもしれません。
30年以上積み重ねてきた図書教育で、読んだり書いたり調べたりすることが日常に自然に行われていたトキワ松学園としては、国語教育を言語技術に特化するのではなく、思考力に重点をおく教育を作っていくことを選択。国語科、英語科を中心とした教員8名という構成でプロジェクトを立ち上げたのでした。
そこでは、思考力を育む教育とは何か、そして具体的にどのように運用するか(教科や陣容など)は、他校の実践例もたくさん見学しながら、かなり時間を割いて議論したと言います。そして、議論を重ねに重ね、30年来の図書教育の土壌を持つ図書室での実施という結論に至ったのです。
「実は、受け入れるに当たって葛藤はありました」と吐露するのは勝見先生。
□□■2017年に総合学習として「思考と表現」を導入■□□
トキワ松学園の図書室は、勝見先生と小澤先生お二人に任されています。それぞれ国語と社会の教員資格を持つ司書教諭ですが、「思考と表現」を担当するなら2人でのチームティーチングにしたいと申し出たそうです。
「図書室のスタンスとしては、日常の図書室業務も大切だと思っています。それでも『思考と表現』という授業の担当を引き受けたのは、“探究力”は、今の生徒たちにとっても必要な力で、自分たちもトキワ松学園にいるからには『探究女子』を育てることに寄与しなければならないだろうと思っていたからです。図書教育で、ある程度のノウハウはありましたし、それを体系的に教えてみたいという思いも少なからず持っていました。背中を押してくださる先生もいらっしゃいましたが、二人で何度も話し合い、悩み、迷いました。でも、私たちも生産的に授業できる、面白いことができるんだ、どうせやるなら面白くしよう、トキワ松学園らしくやろうという方向に舵を切ってからは、ひたすら頑張りました」と語る勝見先生の横で、小澤先生も深くうなずきます。
□□■教科書のない教科「思考と表現」■□□
初年度、中1の総合の枠内で「思考と表現」が実施され、2年目の2018年度から高校1年生では学校設定教科となりました。そこに至るまでには、教科書のない教科で、生徒評価をつける「授業」に足る内容を提供できるのかに議論が集中。「思考と表現」への校内理解を得るために、勝見・小澤両先生は、試行していたルーブリック評価のポイント例をあげながら、時間をかけて学内のコンセンサスを作り上げていったのです。その間、先生方を支えたのは、支援してくれた松本教頭はじめプロジェクトのメンバーの後押しと、「これは、生徒にとって必要なことだ」という思いでした。「始めてみたら案ずるより産むが易し。今の生徒の成長が、何よりも大きな説得力を持ってくれました」と、今は笑って話せるお二人です。
2学期最後の、会議席上でのこと。
「生徒が自分の思いを、言葉を尽くして人にわかるように表現するようになってきたと実感している」との発言が高1学年主任からあり、書くこと、書く内容、集中力などに著しい成長が見えるのは「思考と表現」の成果であると、図書室への感謝があったそうです。例えば、トキワ松学園では行事ごとにコメントを書いて提出していますが、「思考と表現」を授業として受けている現高1生は、その質と量が豊かになってきたことに成長を実感したと聞き、驚くとともに嬉しかったと、顔がほころびます。
彼女たちは、eポートフォリオが大学受験時に必要になってくる学年ですが、トキワ松学園ではプラットフォームを導入し、「思考と表現」での取り組みを始め、活動履歴を書き留めることに抵抗なく取り組めているようです。
□□■負荷をかけることで、世界が広がる■□□
生徒にも成長の跡が見えますが、内容もブラッシュアップしているとのこと。
一つは、「思考と表現」実施以前に図書室で行なっていた新聞について学ぶ授業で、コラムの要約から取り組んだ内容を、今年度から社説に変更したこと。授業としては、異なる新聞の社説を8つくらい読んで、関心のあるものをチョイスして要約します。いくつかの作業と要約、感想を文章化する過程で、生徒は思索を深めることを身につけていきます。
3学期のある日、中1の授業はNPO法人ARDA (アルダ)よるアート×ダイアログ。初回につき進行役はARDAのスタッフが担い、司書教諭のお二人はグループワークのファシリテーターとして、生徒の発言を引き出していきました。試行的に2学期に高1で行った対話型の絵の鑑賞(Visual Thinking Strategies)がとても好感触だったこともあり、年度始めに考えていた別の内容を変更しての実施。「思考と表現」のカリキュラムとしては、3年間はベースを固定しようと計画していたそうですが、ゼロから作り上げてきたからこそ、年度途中で差し替えることも厭わない柔軟さがあります。マイナーチェンジしながら、時代にも子どもたちにも合わせ、常に発展途上の授業。
また、生徒の書いたものは、お二人が一つ一つ丁寧に添削し、足りないところや、よりよくするためのアドバイスを書いて返却しています。
生徒も、「思考と表現」の授業を好きでいてくれるようです。授業のために図書室へ移動してくるのがとても早く、授業開始のチャイム前に生徒が揃うので、その日にやるべき課題を説明できて、チャイムと同時に作業を始められる日もあるそうです。
「授業自体は、先生が一方的に説明するのではなく、生徒が作業する、先生とやりとりするというものなので、先生に自分のことを見てもらっている実感、アドバイスでよくなっていく、できるようになっていく達成感がモチベーションになっている授業だからでしょうか」
高1の3学期はSDGsから個別にテーマを見つけて、「探究レポート」に取り組んでいます。最終段階はレポート提出ではなく、プレゼンテーションにしたとのこと。「テーマを自分のこととして調べて、みんなと共有してお互いのテーマを深め合って欲しいと思ってのこと」と考えているからです。
「生徒は手こずっているようですが、敢えてハードルは高くしておこうと。生徒たちが今いる世界はまだまだ狭いので、負荷をかけることで、境界が広がると思っています」
□□■あなたたちとアカデミックな話ができるって素敵■□□
勝見先生と小澤先生が、この授業で心がけていることをお聞きしました。
「そもそも図書室の基本はレファレンス。『あなたが本当に知りたいことは何ですか』という問いかけは、『思考と表現』以前から意識していることなので、今の授業に生きています。思いと言葉が一致していない生徒と分かり合えたときは、とてもうれしいですね。今の授業は問いの立て方をイエス・ノーに限定しているだけで、生徒個々に、どこまで深めるか、どの関連を追求していくかが任されています。誰かと同じようなテーマ設定でも、関心が重なっているところは実は少ないので、アプローチは私たちとの対話で決まっていくのです。あなたが本当に調べたいことは何なの?が言葉になるまでやり取りするのは大変ですが、面白い授業でもあります。お互いに理解しあえる、この人たちとアカデミックな話ができると思うと素敵と思ってしまうんですよ」
そして、今後の展開を松本先生にお聞きしました。
「当面、『思考と表現』は中1、高1で実施し、他の学年は教科の中でやっていってもらおうと考えています。『思考と表現』が太い幹にならなければ意味がないので、これからは教員側でどう枝葉をつけていくかが大切になります。枠を作って、それを画一的にあてはめていくより、進めながら枝葉をつけていくのが良いのではないかと思います」
□□■卒業後、実感すること■□□
トキワ松学園の卒業生でもある小澤先生は、母校の図書教育の豊かさを大学時代に実感したと言います。レポートを書くのに、資料集めも参考文献に当たるのも苦労はしなかったこと。これは小澤先生の実感でもあり、卒業生が学校に帰ってきたときに言ってくれることでもあります。勝見先生は、「トキワ松学園の司書教諭だったから、こんなに長く勤めてこられたのかも。今また図書室が『思考と表現』を担当することになって、常に刺激を受けています」と微笑みます。
図書室のルーチン、授業、教育計画、学園の教育を考えるプロジェクトへの参画・・・、本当にいろいろな仕事に関われているからでしょうか、とおっしゃいますが、図書室基点の多岐に渡る活躍に驚くばかりです。
高1の2学期の読書レポート「新書を読む」と、3学期の「探究レポート」で選んだテーマとが重なる生徒とは、「これはあなたの武器になる。興味が離れることがなかったらすごい武器になる」と話したそうです。一人の生徒の興味関心がどういうところに発展していくか、早い段階でサポートできるというのも、この授業のいいところだなという発見もあったと、とてもうれしそう。
「早い時期に気づかせてあげると生徒たちにもそれを育てる時間がたくさんできると思います。自分では気づけないことでも、ちょっと後ろから背中を押してあげて、いい結果につなげてあげたい。それぞれの速さで自分が集中できることを一つでも見つけられると、高3で進路を考えるときに花開かせてくれるのではないかと思います」
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トキワ松学園で育った「探究女子」が、それぞれの人生を切り拓いていくときに、図書室でみんなで議論したこと、考えたことが大きな支えになってくれるだろう、そう思いながら学校を後にしました。
ここでは授業の様子について詳しく触れることができませんでしたが、トキワ松学園のホームページの『トキログ』(http://tokilog.tokiwamatsu.ac.jp)に「思考と表現」の授業の様子がアップされていますので、ぜひご覧ください。
(市川理香)