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オルセースクールミュージアム in 東京女学館

オルセースクールミュージアム in 東京女学館

「オルセー美術館公認リマスターアート展 オルセースクールミュージアム in 東京女学館」が、2019年3月24日(日)〜31日(日)、東京女学館中学校・高等学校の校舎を会場に開催されました(スクールミュージアム事務局主催。東京女学館小学校・中学校・高等学校、(株)私学妙案研究所、(株)アルステクネ共催)。
昨年、創立130周年を迎えた東京女学館の、記念事業の一つに位置付けられています。オルセースクールミュージアムは8校目の開催ですが、東京女学館では「19世紀絵画と女性」というテーマが掲げられました。
入場無料で広く一般の方々に学校を解放した、アートと学校とのコラボレーションイベントを見学しました。

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ゴッホの絵が描かれた年、東京女学館が生まれた
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見学したのは初日。桜の樹の下には、開門を待つ列ができていました。受付でリーフレットを受け取り、案内図を見ながら会場へ向かいます。

【ミュージアム構成】
第一会場 「『ローヌ川の星降る夜』が生まれた時代」 絵画21点
第二会場 「19世紀と女性たち」 絵画9点
東京女学館所蔵作品展示
東京女学館130周年関連資料展示
草月流生け花展示
第三会場 絵画1点、児童・生徒作品展示、ミュージアムショップ、生徒発表
講堂 講演会や生徒発表

スクールミュージアムは、フランス国立オルセー美術館(パリ)の印象派の絵画コレクションを中心とした「リマスターアート」の展示が中心。しかし上記のように東京女学館では、学校の歩みも同時に振り返る構成でした。学校が所蔵するミロやマチスのリトグラフが惜しげもなく飾られる廊下を抜けての移動、今回のために企画された英国人教師ドロセア・E・トロット先生の功績をしのぶ展示や歴史資料室、生徒によるダンスやコンサートが披露される講堂や食堂ステージなどを行きつ戻りつしながら、アートと東京女学館を堪能できる仕掛けです。

アートと学校がコラボする「スクールミュージアム」は、これまでに関東・関西7校で開催され、東京女学館は8校目の開催となります。ベーシックな企画としては、生徒が絵画案内人を務める「アートコンシェルジュ」があります。とはいえ、スクールミュージアムに決まった形があるわけではなく、学校ごとに展示のテーマやイベント企画は独自に練られ、各校の特色が反映されてきました。過去開催校の企画に関わってきたスタッフも、学校の個性が出ることに驚くほどです。

東京女学館での開催に当たっても、スクールミュージアム事務局スタッフと学校との話し合いが重ねられました。テーマ設定や当日の企画はもちろん、高校美術選択者が近隣の大使館や日赤、公的機関などに出す招待状のデザインを発案し柔軟に対応するなど、徐々に学校の思いが形になっていったそうです。
そして掲げられた展示テーマは、「『ローヌ川の星降る夜』が生まれた時代」(第一会場)、そして「19世紀と女性たち」(第二会場)。

第一会場のテーマを導いた作品、ゴッホの『ローヌ川の星降る夜』に使われているのは青と黄色の2色。ゴッホが色によって心や思想を表現しようとした、色彩に変革をもたらした絵画と言われています。そして、この絵が描かれた1888年は、東京女学館が「諸外国の人々と対等に交際できる国際性を備えた、知性豊かな気品ある女性の育成」を目指して設立された年。2018年度が130周年イヤーだった同校にとって、この作品、スクールミュージアムとの邂逅は、見えない縁に導かれたように思われてきます。

第二会場では、女性を描いた絵画とともに、「19世紀の社会と女性画家」「なぜ女性画家が少ないのか」を考察したパネルを掲示。東京女学館が女子校として歴史を積み重ねてきたこととリンクします。人としての生き方を考える作業でもあったかもしれません。
この第二会場では、東京藝術大学油画科学生(東京女学館卒業生)による、メアリー・カサットの『庭で縫う女』の公開模写が、初日から3日間、行われていました。
「数ある展示絵画の中からこの作品を選んだのはなぜ?」と聞くと、明快な答えが帰ってきました。

「メアリー・カサットの生き方が好きなので、この絵を選びました」

カサットは、男性優位な社会で、父親の反対にあいながらも、当時まだまだ少なかった女流画家として印象派に存在感を示し、後年は婦人参政権運動を支援したことでも知られています。東京女学館では、起業家、子育て後のキャリアアップ、二度目の大学進学を志す卒業生が珍しくありませんが、描かれた19世紀の女性とその時代、東京女学館の歴史が合わせ鏡のようにシンクロしていました。
第二会場となった部屋には普段は、卒業生である画家、小沢眞弓さんの作品が架けられているそうです。会期中、印象派の絵画とともに2箇所に展示されていました。

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“世界で最も原画に近い、もう一枚の絵画”
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さて、「リマスターアート」と言っても、耳慣れない方も多いかもしれません。ここでリマスターアートについて触れておきましょう。

スクールミュージアムで展示されている“作品”が「リマスターアート」です。印刷技術は進歩し、展覧会の図録も美しい出来栄えですが、原画の持つ「力」までを再現するのは難しいものです。リマスターアートは、最新のデジタル技術とコンピューターの画像処理技術を用いて、“世界で最も原画に近い、もう一枚の絵画”を実現。本アート展の監修者、(株)アルステクネ社長の久保田光嚴氏が作り上げたテクノロジーで、再現にあたって学術的な検証(例えば作家が意図したであろう環境光、製作当時の時代背景、宗教的背景など)まで施すのが真骨頂です。リマスターアートを見たとき、絵筆のタッチ、絵の具の凸凹、質感の完成度に驚きます。美術科の教員でもある副校長・渡部さなえ先生は、「高度なものほどリアルに感じます。細かいものほど精巧。リマスターアートの技術の高さに驚きました」と語ります。
そして、通常の絵画鑑賞では決して許されないような、息がかかるほど近づいたり、ルーペで見たり、光を当てて見たりできるのも、リマスターアート展の大きな魅力です。

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地域に開かれたイベント
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さて、東京女学館では130周年を迎え、地域の方々とコミュニケーションを取り、よりよく学校のこと、生徒のことを知ってもらいたいという願いを抱いていたと言います。
東京女学館は、望むと望まざるとに関わらず、長い伝統の中でブランドイメージが固定されています。周辺環境に目を向けると、以前は商店街で買い物できる親しいお付き合いもありましたが、だんだんと個人商店が店をたたんでしまい、そうした交流も持ちにくくなってしまいました。文化祭もチケット制なので、一般の方々にとってはますます敷居の高い学校であろうことは十分認識していると言いますが、このイベントは対極ともいえる、周りに開かれた性質のもの。学内でも、反対というよりも心配の声が上がったようです。
そこから、意義を理解してくれた先生、生徒たちに輪が広がっていった過程を渡部先生に振り返っていただきました。それは生徒の成長を確認することでもありました。

昨年1学期の参加者募集に、スクールミュージアムに関わりたいと自発的に手を挙げて生徒の中心となってくれた二人は、人前で話したりリーダーになったりするのは苦手なタイプだったそうです。その二人が全校生徒を前にコンシェルジュ募集を呼びかけたり、企画立案で外部の大人と交渉したり、そんな経験を経て開会式の舞台では堂々と歓迎の言葉を述べました。ご家族や友人、先生方は成長を見、彼女たち自身も自分の変化を感じたことでしょう。

11月の文化祭を終えてから、本格的な準備に入りましたが、個人参加で考えていたけれど部活動のみんなで参加したいと輪を広げてくれた生徒さんもいたそうです。第三会場には2枚のゴッホの『自画像』が展示されたのですが、一枚はリマスターアート。もう一枚は、その生徒が所属する書道部によるゴッホの言葉と部員24名が24枚のピースをつなぎ合わせて作った『自画像』とを一つの作品にまとめ上げたもの。

このようなインクルーシブリーダーシップが発揮されたエピソードを披露しながら、スクールミュージアムを開催してよかったと渡部先生の表情がほころびます。
また渡部先生ご自身は、開催までの日々を、あまり苦しいと思うことはなかったとおっしゃいます。「わからないことが出てきたときは苦しかったのかもしれないけれど、助け合える仲間が増えていくのは、どんなことでも楽しいでしょう。何より自分から手を挙げてイベントに加わってくれた生徒は純粋。そのまなざしに助けられていると思います」

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スクールミュージアムが、一つのきっかけに
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アートコンシェルジュの取り組みにも、東京女学館としての工夫を加えたのだそうです。一つは国際学級があることを生かしたもの。会期中も英語で説明できる生徒が赤いリボンを目印につけて対応。東京女学館の国際学級は英語に力を入れており、英語を使って何をしていくか、一般学級でも大切にしている海外との交流を通して学んでいます。言葉や学問を礎に、自分がいかに生き、社会に貢献するかを考える生徒が多い校風のもと、近年は海外に行きたいと考える生徒も増えているそうです。また国際文化部(クラブ)も、絵が描かれた時代背景や東京女学館の歴史を解説する掲示を作成。インフルエンザの学級閉鎖で時間が限られるアクシデントも乗り越えての成果でした。

作品解説に向けては、展示する絵を見て感じたことを自由に意見交換する時間を持ち、次に監修側が作った9作品の解説原稿を使って、ペアで解説の練習を行う研修が4回行われました。これをベースに、東京女学館流の解説に仕上げて行ったのは生徒自身だったと言えます。お仕着せの解説に自分たちで調べたり感じたりしたことも加え、オリジナルの内容になりました。また9点以外の絵画についても、だんだんと解説できるようになっていったそうです。
解説の場面では原稿を読むだけでなく、来場者とのコミュニケーションが必要です。声をかけるのをためらったりはにかんだりしていたコンシェルジュも、時間が経つにつれ、ルーペやライト使いにも慣れて自信のある表情に変わり、積極的に声をかけていくのに、さほど時間はかからなかったようです。会場で「どの画が好き?」と質問すると、「この画です。こことここが・・」と好きなところを自分の言葉にして答えてくれる生徒もいました。
アートへの自分の思いを表す、「言葉」を獲得したのではないでしょうか。

昨年夏の合宿から、3月のスクールミュージアムを視野に入れて動いていたのはダンス部。『ローヌ川の星降る夜』にインスパイアされたダンスを、絵の色と同じ、青と黄の衣装で、見事に披露しました。
またエントランスには、『ローヌ川の星降る夜』をイメージした生け花が飾られていました。学外で草月流の生け花を学んでいる生徒が、前日に母と妹と、家族で4時間かけて生けた作品です。これも学校から「どう?」と投げかけられたきっかけを生徒が捉えた成果です。

スクールミュージアムは、授業にも広がりをもたらしていました。英語科では、作品を授業で扱ってみよう(英語で解説してみよう)と試みた授業があったそうです。スクールミュージアムの会場で目に触れることばかりでなく、アートを教育に落とし込んだ地道な取り組みが展開されたことは、特筆すべきことでしょう。

教育目標に、「人と社会に貢献する」という言葉を加えた110周年から20年の歳月をかけて、その目標を実現すべく教育を熟成してきた東京女学館。生徒たちは、スクールミュージアムというイベントを通して、多彩な才能や可能性を示してくれました。渡部先生は、それでも始めたときには新しかったことも時間を経て形骸化していないかを見直して、変えるべきところは変える、当たり前を見直す必要があると考えていると話してくださいました。折しも2020年の大学入試改革が近づいており、その先の2030年を見据えたカリキュラム改訂も進めています。これからも生徒・卒業生の活躍が、とても楽しみです。

なお私学妙案研究所のブログに、福原孝明校長先生のインタビュー「オルセースクールミュージアムに向けて」が掲載されています。そちらもぜひご覧ください。
https://s-goodidea.hatenablog.com/entry/2018/10/31/184404

(市川理香)