特集

世界を見つめる私学の学び-----SDGsを“自分ごと”化して行動する生徒たち

世界を見つめる私学の学び -----SDGsを“自分ごと”化して行動する生徒たち 「持続可能な開発目標(SDGs)」は、2015年の「国連持続可能な開発サミット」において採択された17の目標と169のターゲットで構成される、国際目標です。この大きく重要な課題に今、小学生から大学生まで、また企業も、そして世界各国も、それぞれが取り組んでいます。NettyLand『かわら版』6・7月号では、このSDGsと私学の教育に注目しました。 ***SDGsを意識した学び 今年5月、「SDGsの取り組みについて」のアンケートを私立中学に実施し、「SDGsに関連する学習プログラム」の有無と教科など、「学校としての取り組み」を聞きました。 93校より回答を得、プログラムが「ある」と回答した学校は約78%で、学校教育が、SDGsと何らかの形で関わっていることがうかがえます。SDGsに関連する学びは、総合学習、社会、英語、理科、あるいは教科横断など多岐にわたります取り組み方もさまざまです。 個々の学校の実践を掘り下げるのは、またの機会に譲ることとし、今回はアンケート回答を中心にご紹介します。 ***SDGsで世界を学ぶプログラム SDGsを絡めたオリジナルのプログラムを構築している学校は、まだそう多くはありません。 和洋九段女子には、中学1年の総合学習から中高の修学旅行、そして高校の自主活動まで繋がるプログラムがあります。SDGsに取り組む企業や団体の取材など、徐々に学校の外に目を向け、社会に向けたアクションが生まれています。同校の中3生(当時)が作ったオリジナルの「SDGsすごろく」は、『SDGs探究アワード2019』で優秀賞を受賞しました。「大切なのはSDGsを通して生徒たちに何をやってもらいたいか」、それがプログラムを貫く信念です。聖徳学園の高2生は教科横断型学びで「STEAM」と「SDGs」に取り組みます。生徒それぞれがゴールを考えて取り組めるようになることを理想としており、国際支援プロジェクトを立ち上げ、担当した国の問題や課題を発見し、解決方法を検討、実践した結果をまとめて発表します。 模擬国連の活動を発展させて今年から始まった、桐蔭学園の「15歳のグローバルチャレンジ」も、プログラムが進む中でSDGsとの関わりが出てくるようです。 いずれもSDGsの掲げるゴールのうち、どのゴールに取り組むかではなく、協働しながら意見や考えを形にしていく過程に成長の足跡が残ります。

私学の「個性」って何だろう。 私学の授業・オリジナルプログラム

私学には「個性」があると言われます。それは、各々の学校に、「このような人物を育てたい」という教育理念があるから。「個性」は、校風やオリジナルの授業・取り組みに現れます。今号では、その一端を見ていきましょう。 ********************************************* 「言葉」の力を獲得する *********************************************  コロナ禍は急速に授業のオンライン化(配信や双方向)を進めました。モニター越しにクラスメイトに向かい、「言葉」を用いて論理的に自分の考えを伝えることは、新しい挑戦だったことでしょう。こういう時こそ「言葉」の授業の真価が現れます。  桐朋女子、森村学園、麗澤で導入されている言語技術。言葉(日本語)をトレーニングし、「思考を論理的に組み立て、相手が理解できる様に分かりやすく表現すること」(つくば言語技術教育研究所HPより)を目的とする教育プログラムです。なお桐朋女子は、日本語と英語の2つの言語を用いて世界で通用する論理的思考力を育てる、DLP(DualLanguageProgram)中に言語技術を取り入れています。東京女学館、サレジオ学院でも言語技術に取り組んでいます。芝浦工業大学附属では、2021年入試にも導入します。 ********************************************* 協働する力を獲得する *********************************************  さて皆様は、「PBL型授業」というと、どの様な授業を思い浮かべるでしょうか。  PBL型授業には、問題提起型授業(Problem Based Learning)と、課題解決型授業(Project Based Learning)とがあります。「主体的・協働的に問題を発見し、解決する能力」を育てることが期待されるアクティブラーニングの手法です。  和洋九段女子では、問題提起型授業を行っています。生徒はファシリテーター役の教師が発するトリガー(引き金)クエスチョンについて考え、生徒同士の意見を聞き、考えをブラッシュアップするサイクルを繰り返すことで、表現力、コミュニケーション力、思考力を身に付けて行きます。批判禁止のルールがあるので、安心して意見をのべることができ、達成感を得ることにも繋がっているようです。聖学院の「探究」は課題解決型。授業時はもちろん、宿泊学習、課外活動は、PBL型教育です。登山や糸魚川農業体験、湯河原町でのソーシャルデザインキャンプなどの宿泊学習は、現地での体験から感じた課題を“自分ごと”として捉え、解決策を提案していく過程で、生たちは大きく成長していきます。  次項からご紹介するプログラムも、PBL型の手法を採っているものは少なくありません。 ********************************************* 「学ぶ喜び」を知る *********************************************  各校ではそれぞれ、工夫を凝らした独自の教科・探究活動を行っています。プログラムのオリジナリティと創造性は、私学の力を示します。  宝仙学園共学部理数インターには、「理数インター」という独自の教科があります。サイエンス・ICT・グローバル教育の要素を取り入れ、「答えのない課題」に取り組むもので、教科書のないその授業では生徒の自由な発想が活発に飛び交います。日本学園では「創発学」を実施。フィールドワークや職業を知ること、論文作成、発表などを通して養うのは、まさに「創」造力と「発」信力です。かえつ有明では、週2日、「サイエンス科」の授業があります。サイエンスという語の本来の意味、「学問」を、オリジナルの総合学習に具現化しています。企業とのコラボや哲学対話などに挑戦し、思考のスキルを獲得していきます。その成果でしょう、「以前は担任が仕切っていたような場面でも、生徒が自主的に物事を考え決めるのが当たり前になりました」と先生方も目を細めます。 【写真左】桐朋女子 【写真中】かえつ有明  【写真右】静岡聖光学院

神奈川学園 探究学習の集大成「探究提言発表会」

2019年12月、神奈川学園の高校2年生による「探究提言発表会」が開催されました。 *************************************************** 『Kanagawaプロジェクト』とは ***************************************************  神奈川学園の「探究学習」は、『Kanagawaプロジェクト』と呼ばれ、学園の学びに大きな役割を果たしています。 『Kanagawaプロジェクト』は、ホームページでは次のように説明されています。  「『Kanagawaプロジェクト』は、学年ごとに設けられたテーマを、一人ひとりが自らの夢を見つけるために「社会」と「国際舞台」に出ていくプログラムです。学年ごとにテーマが設けられていますが、最大の柱は中3の「多文化共生」と高1の「日本の課題」。中3では、1週間あまりの期間、学年全員がホームステイを含む海外研修(オーストラリア、ニュージーランドから選択)を体験します。高1では沖縄、水俣、四万十川、奈良京都、東北から1方面を選び、参加する「国内FW」を実施。現地では、第一線で活躍する方々、大学の先生、大学生等と交流する中で、現代の日本が抱える課題について学び、考え、自らの行動に移していきます」  高校2年生で取り組む「探究」の授業では、一人ひとりが自分の問題意識によって課題をたて、最終的には、社会に提言を行うことを目指して、学習を進めています。各人が興味関心のあるテーマを選び、現実にある問題に問いを立て、個人やグループで文献を調べたりフィールドワークを行ったり、協働作業でまとめ、解決への「提言」を発表します。そうして迎えた12月16日の「探究提言発表会」。先に高2年生の中で行われた発表会で生徒・教員の投票によって選ばれた各グループの代表班がプレゼンテーションを行いました。中学1年生、3年生、高校2年生のほか、保護者の姿も見られました。また、それぞれのテーマに関する分野で働く方々が来賓として招かれ、客席で発表を見守っていました。  今回の発表会自体も生徒が組み立て、運営したことは、担当の先生方にとっては大きな喜びでした。「“探究学習とは何か”を後輩や来場の皆様に説明するのは自分だと思っていたのですが、生徒が『自分たちでやります』と言ってきたので、生徒たちに任せることにしました」と話す学年主任の高橋文恵先生。生徒たちにとっては、自分たちの探究テーマの発表に留まらず、入学してから5年間の探究学習を振り返ることにもつながったようです。 提言発表会冒頭の「探求学習について」で、校外学習や宿泊学習、そして事前学習や振り返りまで、体験するだけでは終わらない神奈川学園の学びのサイクルについ触れられていました。会場の中学1年生、3年生に向かって、「未来への提言を、一人ひとりの向けられたメッセージと思って聞いてください」と語りかけた高校2先生の言葉から、後輩たちも学び、深めることの意味を感じたのではないでしょうか。 *********************************************************** 提言に耳を傾けてもらう工夫を凝らした発表 ***********************************************************  開会宣言、そして探究学習の説明、流れるように各グループの代表者たちの発表へ、生徒による進行で会が進んでいきます。  『人権・生命倫理グループ』からは「学校の中のユニバーサルデザイン」班が登場。この班は、実際に校舎を車椅子で移動し、不便に感じたことや危険な箇所を検証した結果から、解決策を提言としてまとめ発表しました。提言に費用面の比較という具体化に際しての視点を加えており、「やらなくてはならないと思わせる説得力を感じさせた」との声があがりました。  『社会構造・格差グループ』からの代表発表は「人権宣言」でした。9月から10月にかけて人権を考えるためのカリキュラムを考案し、学校で生徒一人ひとりの意識を変えることを提言。「人を見た目で判断しない」とまとめた背景には、高校1年の国内フィールドワークで訪れた水俣での水俣病患者との出会いや、ハンセン病患者について学んだことから人権を考えた経験がありました。講評では、「建前として差別は良くないとわかっているのに差別がなくならない現状を前提に、差別は誰の心にもあるという観点からアプローチしても良かったかもしれない」という指摘も。頷く生徒の姿もありました。  『環境・自然科学グループ』からは、身近にできる環境対策として「トイレのふた」に着目した班が発表。工夫を凝らした動画で、暖房便座トイレのふたを閉めることが二酸化炭素排出量削減や電気代節約に繋がることを提言し、各家庭が取り組めば杉の木25本分の削減と2万4000円の節約になるという数字で示しました。   『文化・芸術グループ』は、地元・横浜の「創造都市横浜」の理念を端緒に、直島や越後妻有の芸術によるまちづくりの事例、黄金町の再開発を紹介しながら、日本のまちづくりの課題に迫る「横浜改革」を発表した班が代表。10カ国以上の人たちが生活するいちょう団地や大和定住促進センターを訪ね、現場を見て感じ、考えたことを踏まえ、いちょう団地で横浜トリエンナーレを開催することを、その効果を挙げて提言にまとめました。「周辺住民や住民の高齢者がどのように思うか考えながらやることが大切。そのためにはさらに広い視野が必要になる」という横浜美術館副館長兼横浜トリエンナーレ組織委員会事務局長五十嵐誠一さんは、事前にいちょう団地に足を運んだ上でコメント。  『平和・多文化共生グループ』は、「移民・難民受け入れ政策について」を発表。「移民・難民を受け入れるべき」という結論に至った理由を、諸外国の現状、日本の現状と課題から一つずつ解きほぐしていきました。「外国人を労働者として見ていて生活者として見ていないのではないか」という生徒の指摘は「その通り」(大和市国際化協会 小西永里子さん)。「未来はみんなが作っていく、明るい未来を感じた」(沢渡三ツ沢地域ケアプラザ生活支援コーディネーター 今村治子さん)。「移民、難民は同列では語れないが、高校生らしいアグレッシブさを感じた」(国連UNHCR協会 天沼耕平さん)。これからも自分ごととして捉えてほしいという期待がコメントの端々ににじみ出ました。  5つのグループの中でいくつかの班を作っての探究活動。今回は、代表者だけの発表でしたが、社会構造・格差グループの発表では、ジェンダー班とLGBT班もそれぞれの探究テーマを紹介し、同じグループのなかにも多様な視点があり、様々な活動を展開したことがわかり、探究学習から一人ひとりが社会に関心を持つ日常をうかがわせ、もっと多くの発表を聞きたいと思ったのは私だけではないはずです。

教科をつなぎ、体験をつなぎ、人をつないで、人格の根っこを作る田園調布学園

 「問題解決型授業」「主体的な学習」「知的好奇心を養う」「教科横断」…。多くの私学で魅力的な教育が示されるとき目にするキーワードですが、田園調布学園は学ぶことの醍醐味がぎっしり詰まった骨太なプログラムで際立ちます。  田園調布学園の学校案内パンフレット(2019年版)から、教科について説明された文章をいくつか抜粋します。何の科目かは最後で、“答え合わせ”を。 「紋章がテーマの時には、研究者の発表動画を見て理想の紋章の形や色の使い方を学び、資料を使って各パーツの呼び方や意味を理解した後、グループで話し合いを重ね、学校の紋章を作ります」 「角材を用いてトラス構造を基本とするブリッジを作製します。コンテストでは、設計についてプレゼンテーションした後、おもりで負荷をかけて行き、何㎏まで耐えられるかを検証します」 「『走れメロス』を放送劇の台本として改編し、発表します。登場人物を増やすことも認め、セリフを立ち上がらせて行きます。また効果音を追加するなどの工夫を凝らします」  取材から見えてきたのは、果汁100%ジュースのような、飲めば違いがわかる「おいしい授業」を作り出す田園調布学園の「つなぐ力」でした。 〔お話を伺った先生〕 校長 西村 弘子先生 教頭 清水 豊先生 入試広報室長 細野 智之先生 (2019年5月取材) ******************************************************* 田園調布学園の学びにつながる算数1科目入試 *******************************************************  田園調布学園は2020年入試で、2月1日午後に算数1科目入試を導入します。 先だって公表されたサンプル問題からも明らかなように、科目と出題には同校の思いを反映させる、強い意志が伺えます。  「これまでも、算数入試への関心は、ありました。午後という日程や科目数、試験内容などを検討する過程で入試は入学後の学びとつながっていて欲しいということは根底にありました。あらゆる分野に関心をもてるよう授業改革を行ううちに、生徒の進路も文系、社会科学系、理系へと自然に広がってきたこともあって、算数なら、1科目でも入学後の田園調布学園の学びにつながるあらゆるものを入れ込める道筋が見えたことが、今回の入試改革に踏み切った大きな理由です。読解⼒・論理性も算数で問える、理科や社会の要素が出てきたとしても、知らない言葉が出てきたとしても、それをつなぐ力を測ることが算数入試にはできる、と思っていますから、踏み込んでじっくり取り組んでいってほしいです。小学校の学びと入学後の学び、書物からの知識と授業での学び、人と人、あらゆることをつなげて行くのが田園調布学園の授業・教育ですから」(西村先生)  ぜひ学校ホームページで公開されている、サンプル問題の、5️⃣を見てください。 (http://www.chofu.ed.jp/wp/wp-content/uploads/2019/05/486cc639be0f7e3942fcca406cfdf61a-1.pdf)  「一見むずかしいと思う人はいるでしょう。でも、よく読めば処理は難しくありません。問題文をしっかり読もう、じっくり問いに取り組もうと、受験生に思って欲しいです」(清水先生)。  また面接については入試当日から、入学予定者面談に変更。  「面接の変更も必然的な流れでした。田園調布学園ではこれまでも思考力、表現力を問う入試問題を出していましたが、ここ数年、社会と理科で時間内に最後まで到達できず、時間内に全問解き終わらない受験生が増えていました。それならば、時間を延ばせばいいのではと考えました。そこで社会・理科の試験時間を30分から40分に延長することに。そうなると午後2時までに面接を含め全ての入試を終わらせるのは難しい。それに加えて昨今の入試当日、初めて来校する受験生もいる状況で面接するより、入学予定者との面談として実施するのが良いのではないか、という判断もありました」(細野先生)  「面談の役割は変わりません。初めて受け入れ側と受験生が顔を合わせる“出会い”の場です」(西村先生) ******************************************************* 17年で育ってきた土曜プログラム *******************************************************  2002年から回数を重ねてきたのが、「土曜プログラム」です。このプログラムに期待して入学してくる受験生も増えてきました。  学年ごとにテーマを設けて展開する「コアプログラム」と、約170の講座から自分で選ぶ「マイプログラム」で構成されます。コアプログラムでは、学年の最後に調べたことを発表する機会も設けられており、生徒たちは自分たちで学びを深める楽しさを知り、人に伝えるスキルを身につけています。またマイプログラムは、生徒自身がやりたくて取った講座でも、抽選に漏れて取った講座でも、新たな気づきを発見する機会になっているようです。「受験勉強は大変だけれど、ここではサッカーに没頭する」とか、「今やらなかったら、もう一生やらないかもしれないから日本舞踊を選ぶ」とか、選ぶ理由は様々。「身の回りの不思議。これってなぜだろう」を考えたいから講座を選ぶという生徒もいます。これらは結果的にポートフォリオにつながっていくでしょう。「内面が重層的になって来た」(西村先生)生徒の姿は土曜プログラムの成果と、学校としても自信を深めています。それでも現状に満足せず、常にブラッシュアップと課題に向き合っています。 写真は第二校舎〜創造探究棟〜の多目的選択教室での教科横断授業、土曜プログラム「理科ふしぎ不思議」、土曜プログラム「ポスターセッション」の様子

「思考と表現」で「探究女子」を育てるトキワ松学園

図書室の授業への活用は多くの学校でも行われていますが、トキワ松学園の図書室では、伝統の図書教育に加え、中1では2017年度から、高1では2018 年度から、司書教諭による授業「思考と表現」が行われています。教科が行う授業はもちろん、トキワ松学園独自の「思考と表現」は、「探究女子」をどう育てているのでしょうか。 中学教頭の松本理子先生、司書教諭・「思考と表現」担当の勝見浩代先生、小澤慶子先生にお話を伺いました。 (見学・取材 / 2019年1月18日・1月23日) □□■トキワ松学園の図書教育■□□ トキワ松学園の生徒は、入学後、図書室でまず「目次・索引・奥付」といった「本」の基本的な知識から、図書室での調べ学習の基礎となる「請求番号」について学びます。 「2017年度学校読書調査」(全国学校図書館協議会・毎日新聞社)によれば、中学生の15.0%、高校生の50.4%が不読者という結果も出ていますが、トキワ松学園では、中1〜高2は不読者ゼロを誇り、一人当たりの図書貸出平均冊数は中学1年40.26冊、高2でも15.91冊ということからも、生徒はよく図書室を利用し、本もよく読んでいることが伺えます。 図書委員会の活動も活発で、図書室の机の上に「おすすめ本の紹介」を置いたり、新聞を発行したり、司書教諭とともに活動しています。お薦め本を紹介するディスプレイも、図書委員による工夫。決して広いとはいえませんが、中1の教室から最も近く、教科のリクエストに応えることもあり、常に生徒に寄り添った「居場所」と言える趣です。 □□■「思考と表現」の導入まで■□□ トキワ松学園が「思考と表現」を導入するに至るまで、時間をかけて様々な検討が行われてきました。 松本先生は、「まず始めに、言葉、表現、調べる、こういう力を付けたいという思いがあり、どうしたら探究というキーワードと結びつく教育ができるだろうかということから始まりました」と振り返ります。 教育改革や生徒を取り巻く環境の変化が進むなか、2013年前後に、トキワ松学園の生徒のために何を目指していくかを話し合ったブレインストーミングから「探究女子」という方向性が出ました。折しも、2014年1月に言語技術教育研究所の三森さんの講演が私学財団主催で行われ参加。2015年には国語、英語の教員たちで言語技術のワークショップや講座を受ける機会があり、それを通して、基本的な言語技術を身につけることは生徒にとって大切だという認識を改めて共有するに至ったことは、のちの議論に大きな役割を果たしたと言えるかもしれません。 30年以上積み重ねてきた図書教育で、読んだり書いたり調べたりすることが日常に自然に行われていたトキワ松学園としては、国語教育を言語技術に特化するのではなく、思考力に重点をおく教育を作っていくことを選択。国語科、英語科を中心とした教員8名という構成でプロジェクトを立ち上げたのでした。 そこでは、思考力を育む教育とは何か、そして具体的にどのように運用するか(教科や陣容など)は、他校の実践例もたくさん見学しながら、かなり時間を割いて議論したと言います。そして、議論を重ねに重ね、30年来の図書教育の土壌を持つ図書室での実施という結論に至ったのです。 「実は、受け入れるに当たって葛藤はありました」と吐露するのは勝見先生。 □□■2017年に総合学習として「思考と表現」を導入■□□ トキワ松学園の図書室は、勝見先生と小澤先生お二人に任されています。それぞれ国語と社会の教員資格を持つ司書教諭ですが、「思考と表現」を担当するなら2人でのチームティーチングにしたいと申し出たそうです。 「図書室のスタンスとしては、日常の図書室業務も大切だと思っています。それでも『思考と表現』という授業の担当を引き受けたのは、“探究力”は、今の生徒たちにとっても必要な力で、自分たちもトキワ松学園にいるからには『探究女子』を育てることに寄与しなければならないだろうと思っていたからです。図書教育で、ある程度のノウハウはありましたし、それを体系的に教えてみたいという思いも少なからず持っていました。背中を押してくださる先生もいらっしゃいましたが、二人で何度も話し合い、悩み、迷いました。でも、私たちも生産的に授業できる、面白いことができるんだ、どうせやるなら面白くしよう、トキワ松学園らしくやろうという方向に舵を切ってからは、ひたすら頑張りました」と語る勝見先生の横で、小澤先生も深くうなずきます。 □□■教科書のない教科「思考と表現」■□□ 初年度、中1の総合の枠内で「思考と表現」が実施され、2年目の2018年度から高校1年生では学校設定教科となりました。そこに至るまでには、教科書のない教科で、生徒評価をつける「授業」に足る内容を提供できるのかに議論が集中。「思考と表現」への校内理解を得るために、勝見・小澤両先生は、試行していたルーブリック評価のポイント例をあげながら、時間をかけて学内のコンセンサスを作り上げていったのです。その間、先生方を支えたのは、支援してくれた松本教頭はじめプロジェクトのメンバーの後押しと、「これは、生徒にとって必要なことだ」という思いでした。「始めてみたら案ずるより産むが易し。今の生徒の成長が、何よりも大きな説得力を持ってくれました」と、今は笑って話せるお二人です。 2学期最後の、会議席上でのこと。 「生徒が自分の思いを、言葉を尽くして人にわかるように表現するようになってきたと実感している」との発言が高1学年主任からあり、書くこと、書く内容、集中力などに著しい成長が見えるのは「思考と表現」の成果であると、図書室への感謝があったそうです。例えば、トキワ松学園では行事ごとにコメントを書いて提出していますが、「思考と表現」を授業として受けている現高1生は、その質と量が豊かになってきたことに成長を実感したと聞き、驚くとともに嬉しかったと、顔がほころびます。 彼女たちは、eポートフォリオが大学受験時に必要になってくる学年ですが、トキワ松学園ではプラットフォームを導入し、「思考と表現」での取り組みを始め、活動履歴を書き留めることに抵抗なく取り組めているようです。

栄東中学校 第一回学校説明会 2018年5月12日(土)

各校の特徴や教育内容を知る学校説明会、合同相談会、オープンキャンパスといったイベントが数多く開催されています。そこには、現場の先生の語る、心に残る言葉との出会いがあります。今回は、5月12日に行われた、栄東中学校の学校説明会で聞いたキーワードから、同校が生徒のために大切にしていることをみていきたいと思います。 ◆「居がい」◆ 説明会冒頭の田中校長の話から。 中1の英語の授業も持っている田中校長が、「英語はツール」と言い切ると説得力があります。以前、英語のテキストをプログレスからニュートレジャーに変えたことを取材したとき、「よりvividな英語が使われていること」を理由のひとつに挙げられたことを思い出します。 生徒思いの言葉は、この日の「居がい」という言葉にも込められています。クラブでも、論文を書くことでも、何でもいいので、自分の「居がい」を見つけられれば、生徒は伸びて行く、という校長の信念が、科目を横断的、縦断的に学ぶアクティブ・ラーニングの実践に投影しているのは、まちがいないでしょう。 教師の出張などで空きがでた場合、代講が必ずしも同じ科目の先生ではなかったり、高校の担当者であったりする柔軟性。現代文の授業で、英語で質問してきた生徒に、教師も英語で返したエピソードも披露され、「見えるもの、見えないもの、一見無駄に見えるもの、すべてから生徒は学ぶ」学校の様子を想像しながら、この後、登場した、在校生の話に耳を傾けました。 ◆積極性◆ 生徒たちから受けた印象を表すなら、素直な積極性。 学活の時間を利用して、説明会に中1生が登場。4月に入学し英語の授業もまだ16時間しか受けていない中1生10人(中2生も3人)に、「英語でも日本語でもいいから学校生活を話して」と英語で(しかもかなり早口)田中校長が口火を切り、一言ずつ自己紹介。英語あり、日本語あり、学校PRあり、部活勧誘あり、学校や先生への注文あり。一言ずつしか話せないのでもっと言いたいという気持ちがあふれるようで、それぞれが楽しい学校生活を送っていることがよく伝わってきました。 「千葉から2時間かけて通っているが、楽しい」 「ボクはクイズチャンピオンになります」 「毎日、ディズニーに来るような気持ちで学校に来ています」 「給食の唐揚げの大きさは尋常ではありません」 「○○は不合格でしたが、今、とても学校生活が楽しい」 「校長先生の英語の授業はスピードがとても速いので、しがみついてがんばっています」(powerful、interestingと英語でも表現) 「他に合格した学校もありますが、アクティブ・ラーニングがあるので栄東を選びました」 時に会場に笑いを誘いつつ応答が続きました。 「授業が延びて休み時間が少なくなるので、時間を守ってほしい」 「給食の麺がのびやすい」 と、司会や見守る先生も冷や汗が流れそうな“注文”も飛び出しましたが、「学校が好き」の裏返し、ですね。 ◆剣でなくペンを持つ◆ 栄東のインターナショナルプログラム・コーディネターのマイケル・リンゲン先生は、熱い思いを言葉に乗せて。 今年1月に東京で行われた「2018 PDWC高校生パーラメンタリーディベート世界交流大会」には、世界13カ国の高校生が参加。英語でディベートし交流するプログラムです。渋谷教育学園渋谷のような国際コンテストで活躍する常連校とともに栄東生も参加。入賞こそ逃したものの、生徒がこうした経験を積んで成長していることに手応えを感じているのが分かります。 マイケル先生は「日本の教育を変えたい」と起業、栄東では英語プログラムを作りあげてきた経歴の原点には、日本人に英語で話しかけた時、“No English.”と逃げられた経験があります。 海外大進学塾、Route H(ルートエイチ)のチーフコーティネーターとしても活躍しています。栄東でも、国際部(現インターナショナルクラスに改組)から東大合格という実績を出してきました。この日の午後には大阪へ出張という超多忙な方ですが、説明会でも熱い思いを訴えました。 「剣でなくペンを持とう。ペンは言語です。ペンを使うには紙が必要なように、言語を使う技術を教えていくのがボクの仕事です」 ◆失敗する経験◆ 学校生活について語った市原先生の話からは、「失敗する経験が大切」という言葉に注目しましょう。 栄東では、タテに深く掘り下げるだけでなく、それらを横につなげる教科活動をアクティブ・ラーニング(AL)を行っています。外部コンクールへも生徒が自発的かつ積極的に参加。貯めたお年玉で、キッザニアのコスモポリタンキャンパスに参加した生徒もいたそうです。学校外のプログラムに参加する効果を、友人との助け合い、社会のつながり、社会からの評価、失敗する経験と考えて、学校としても応援しているといいます。 中1の河口湖AL、中2古都AL、中3オーストラリアALを大きな柱とする校外ALは、徐々に視野を広げていくとともに、教室での授業と校外学習は科目の枠を超えて連動しています。授業=校内ALは、例えば理科の授業には、「必ず失敗する理科実験 ディスカッションシート」を使い失敗には何が足りないのかを考えるよう工夫するなど、日常的にあちこち仕掛けがあります。 ALについては、後日改めて取材してお伝えしたいと思います。

立教女学院 高3卒論発表会 2018年3月10日(土)

2000年度から始まった立教女学院の総合的な学習、「ARE学習」。高3の卒論は2003年度から続いており、ここ数年は毎年3月に、一般公開の卒論発表会が開かれています。「卒論は6年間の集大成。ARE学習は、誰のために勉強するのか、今後どう役立つのかを考えるものでもある。難しいからこそやりがいがあり、達成感がある」(発表会冒頭の挨拶で田部井校長)。 今回は、この言葉を示してあまりある発表が行われた、今年の発表会をレポートします。 まず始めに今一度、ARE学習とは、を振り返ってみましょう。 A=ask テーマ、課題を自ら求める R=research テーマに基づき徹底的に調べる E=express  プロセスと結果を言語化して発表する この頭文字から命名されていることからも分かるように、自学自習能力を養うもので、中学3年間は、課題設定力、表現発表力の基礎を身につけていく期間。そして高校では、1・2学年の準備段階を経て3年時に集大成として卒業論文を作成(※)します。 (※希望者。但し立教大学推薦希望者は必修選択) テーマは実に多岐にわたり、アプローチの仕方も多彩です。発表会のプレゼンテーションでも、仮説→検証→考察→展望という論文のプロセスにおいて、現実直視、複数の視点・立場からのアプローチ、情報処理、説得、言語化などさまざまな壁を乗り越えてきたことがうかがえます。 こうした教育を受けた人たちから、高等教育や社会で活躍する人材が出てくるのは、とても自然なことと言えるでしょう。発表会では、毎年、卒業生も、卒論と自分の仕事について語ってくれ、後輩へのエールになっています。 【高3生発表】 * 「看護師不足の深刻化にみる、現在の日本社会の様相」Akari.Nさん 人材不足の看護の歴史をふまえて、来る超高齢化社会で起こる問題を考察。不足する原因の仮説を検証しながら、女性の社会進出の環境整備を解決策とする結論に導いたもの。 現場で働く外国人看護師(インドネシア人)へのインタビューを行い、また病院経理に関わる国の基準、ジェンダーギャップなど幅広い法律、統計をよく調べていることに驚きます。卒論作成をとおして、国会の法案や政府の施策に関心が向くようになったこと、社会で起こっている事柄は複雑に絡み合っていること、そして世の中に興味を持つことが自分の将来を考えることだという発見こそ、Nさんにとって、最大の成果といえるのではないでしょうか。 * 「日本における移民政策の実態と建前の乖離」 Mamika.Mさん 多くの移民がいる日本に移民政策はないのはなぜか。政府の持つ移民イメージ、歴史的背景、現実に起きている誤解など6つの仮説から、日本の構造的な問題であると位置づけ、移民を生活者として受け入れるのが日本の義務であると提起した。 群馬県邑楽群大泉町(おうらぐんおおいずみまち)でのフィールドワーク、過去、現在の国の施策、外国人に対する日本人の感情。。。社会の暗い側面にも目を背けず実態を明らかにしようと試みた、タフさを感じます。「このように社会的テーマに取り組んだ自分だが、大学は理系に進む、でも社会問題は文理問わず生きていくことに必要」とし、「ARE学習の真髄を理解した」とMさんに言わしめたのは、立教女学院のARE学習が、あらゆる力を、まさに総合的に涵養するプログラムだからでしょう。 【卒業生の話】 * 「学びの先に未来を描く〜社会人として2年が経って〜」Mao.Kさん 社会人2年目の卒業生。タイと日本のLGBTの受容の違い、差別に疑問を持ったKさんの、高3卒論テーマは「タイにニューハーフが多いのはなぜか」。大学でソーシャルビジネスを学び、現在は、世界有数の自動車部品メーカーの経営企画部で働いている。大学在学中は学生アシスタント活動や、ビジネスコンテスト参加も。 卒論では、複数の視点をもつ力(広さ)、考え抜く力(深さ)、伝える力(周りとの共有)というスキルが身に付いたと振り返ってくれました。仮説→検証、なぜという問いかけを繰り返した卒論制作の過程で、Kさんには目標ができたのだそうです。それは「途上国の生活向上に寄与したい」という想い。卒論で学び得たものは、考える基礎体力、学びを深め、学びを自分事に落とし込む土台だったことから、「答えのない問題を考える場所」だった大学でも、問題を多角的に捉え、深掘りし、答えを見つける力となったと回想。就職活動でも卒論で芽生えた「想い」は変わらず、ゆるぎない軸となったというKさんが選んだのは自動車部品メーカーです。刻一刻と変わる事業環境、厳しい職場環境の下、情報を集め、自分で考え、相手を共感させるように働く原動力は、あの「想い」。日々やりがいを持ち働くKさんは、卒論は「社会を生き抜く力の根幹となりうるもの」「自分の人生を切り開くきっかけとなりうるもの」と語り、観覧する中3生、来場者に語りかけました。卒論以外の場でも、立教女学院ではその力をみにつけられると付け加えたことも、付記しておきます。 Kさんが、就職は「与えられる立場」から「与える立場」へ変わる時という覚悟をもって社会に旅立つことができたのは、高校の卒論で考えた「なぜ」から始まった「想い」の強さを抜きに考えられない、そう思います。 (市川理香)